私が天体の研究を始めたのは、ホロスコープを数理法則として説明する考え方に出会ってからです。
牡羊宮、牡牛宮、双子宮。
そして、その先に続く十二の宮。
それらは、性格を分類するためのラベルではなく、意識と世界がどのように展開していくかを示す、ひとつの構造、展開図として語られていました。
私は長く、心理と世界の構造について学んできました。
外側に見える世界を、自分の意識と無関係なものとして眺めることはできない。
その考え方を学び、見つめ、実生活の中で何度も検証してきました。
ホロスコープの構造に触れたとき、思考の中にあった地図に、天体の配置という光が重なったようでした。
これまで学んできたことが、別の角度から美しく視覚化されたのです。
牡羊宮は、1の働きです。
最初の意志。
まだ形はないけれど、何かが始まろうとする力です。
牡牛宮は、2の働きです。
その意志を受け取り、肉体化し、実体化していく力です。
見えないものが、体を持ち、感覚を持ち、現実の中に降りてくる。
双子宮は、3の働きです。
内と外をつなぎ、関係性を作っていく力です。
呼吸のように、内側と外側を行き来しながら、世界との通路を作っていく。
この1、2、3は、まだ「私」と「世界」がはっきり分かれる前の働きです。
時間も空間もない、一体の世界。
一元の領域。
それは、私たちが日常の感覚でそのまま体験できるものではありません。
そこには、傷つく私も、傷つける相手も、まだ存在しません。
分かれたもの同士の物語が、まだ始まっていないからです。
その1、2、3がそろった先に、4の蟹宮が生まれます。
そこから月の世界が始まります。
4の蟹宮は、1の牡羊宮から見るとスクエアの位置にあります。
一元の意志が、そこで初めて分離され、ひとつの命として誕生する。
だから人は、分離した存在でありながら、どこかに一元の記憶を宿しているのかもしれません。
月とは、感受性や感情、安心と言われます。
けれど、4の蟹宮から月の世界が始まると見ると、その意味はとても深くなります。
月の世界で、初めて「私」と「他人」が生じます。
内側と外側。
安心できるものと、そうではないもの。
守ってくれるものと、こわいもの。
分離するからこそ、私たちは感じます。
もし、すべてがひとつのままで、何の境目もなければ、感情は生まれないのかもしれません。
あたたかい、冷たい。
うれしい、こわい。
受け入れられた、拒まれた。
愛された、愛されなかった。
それらは、自分と世界のあいだに境界ができるからこそ生まれる感覚です。
人は誰もが、保護から始まります。
最初は、守られる場所が必要です。
自分と世界の境界を、少しずつ覚えていく場所。
それが月の世界、つまりプライベート空間なのだと思います。
だから、この位置は深層意識の底、ICとも言われます。
月とインナーチャイルドは、どこか相似形です。
誕生し、分離し、感受性で世界を受け取るとき、まだ未熟な子どもの意識は、さまざまな勘違いをします。
大人の事情を、子どもはまったくわかりません。
親の疲れを、自分への拒絶だと受け取ることもあります。
小さな子どもは、自分を中心に世界が回っているように感じています。
その小さな勘違いが、心の奥に残っていく。
そして後の人生で、同じような場面に出会うたびに、古い月の記憶が反応するのです。
そう思うと、感情やトラウマというものも、ただ個人的な弱さや不運ではなく、ひとつの構造として見ることができます。
感受性があるから、私たちは世界から受け取ることができます。
感受性があるから、傷つきもします。
けれど同時に、愛されることも、安心することも、美しさにふれることもできます。
感受性とは、弱さではなく、世界を受け取る扉なのです。
ただ、その扉があまりにも無知で無防備なままだと、私たちは月の世界に閉じ込められてしまいます。
傷ついた感覚は、月の世界では本物です。
けれど、月の前には、1・2・3があります。
意志と実体と関係性の力。
誕生の奥には、原初の意志がある。
けれど、月の世界にいる私たちは、その意志をなかなか実感できません。
だからこそ、生まれたことも、親も、環境も、出来事も、自分の外側から与えられたもののように感じるのです。
そしてその構造の中では、誰もが必ず、どこかで失望を味わうことになります。
そこから、物語が始まります。
感情はいろいろなストーリーを語ります。
けれど、少し高い場所から見ると、世界はもっとシンプルな構造を持っているのかもしれません。
月の世界こそ、カウンセリングで扱う心理の世界。
私はずっと、人生を変えるために、月の世界の受け取り方を変えてきたのだと思います。
人はそれぞれまったく違う。
だけど、同じ流れの中で成長していく。
同じだけど違う。
違うけれど同じ。
ホロスコープは、人生そのものを、視覚化してわかりやすく示してくれていたのです。
自分の感情を、ただの弱さや問題として見るのではなく、人生の構造の中で見つめ直してみる。
そのための小さな入口として、私はこのセッションを始めました。
