意識の説明で、よく氷山のたとえが使われます。
海の上に出ている小さな部分が表層意識。
海の中に沈んでいる大きな部分が深層意識。
それも、とてもわかりやすいたとえです。
でも、私が昔教えてもらって、実感しやすいと感じたのは、一枚の白い布のたとえでした。
白いハンカチでも、ティッシュでもかまいません。
その一部を、指でほんの少しつまんで持ち上げてみる。
すると、そこに小さな白い山ができます。
その、指につままれた部分が、今「私」と感じている意識です。
けれど、その下には、同じ布が大きく広がっています。
私たちは、その小さく持ち上がった部分だけを見て、「これが自分だ」と思っています。
でも本当は、つままれていない広い布も、同じひとつの布です。
つまり、私だと思っている私は、意識全体のほんの一部なのです。
どこをつまむかによって、小さな山の場所は変わります。
すると、「私」と感じる中心も変わります。
けれど、布そのものは変わらない。
近くに誰かがいたら、その人にも同じ布の別の場所をつまんでもらうと、さらにおもしろいかもしれません。
別の小さな山ができる。
でも、それは私の指ではないから私という実感は持てない。だから他人としか思えない。
「私」って、実感の差なんだって、わかります。
他人とは、深層意識にある一部を「私」が見ているもの、つまり投影なのだ。
そう言われた意味が、今はとてもよくわかります。
