うすうすわかっていることと、
それを言葉にできることとの間には、
思っている以上に大きな溝があります。
なんとなくわかっている。
でも、実際にははっきりと言えない。
まだ言葉にならない、もやもやとした際。
わかっているようで、人に説明できない。
表層のすぐ下にある、曖昧な領域。
そこを言葉にできたとき、
朝日が昇るように、
人は少しだけ前に進めるのだと思います。
私自身、いつもそれを体験しています。
一つの出来事を言葉にする。
つまり、物語に昇華できたとき、
その経験にからみついていた感情が、
心から満足するのです。
書くことで、物語が完結していく。
逆に言うと、
意識化できないことは、未消化のまま取り残される。
書くという行為には、
そういう力があるのだと思います。
もちろん、自分の本音が見えたとき、
苦しくなることもあります。
それでも書き続けると、
やがてドロドロしたものがすくい上げられ、
新たな視点が生まれてきます。
書く前には見えていなかった景色が、
そこに現れてくるのです。
このブログも、久しぶりの再開です。
書けるようになるまでには、少し時間がかかるかもしれません。
一つ、お伝えしたいことがあります。
すらすらと言葉にならない、あの気持ち悪さ。
それを急いで片付けようとしなくていいのだと思います。
抑え込まず、
そこにあるものが育つ時間を与えてほしいのです。
ものによっては、何年もかかることがある。
それでいい。
言葉は、準備ができたときに、必ずやってきます。
