人生は、十字路の真ん中に立ち続けるようなもの。
自分の思いだけでも、他者の思いだけでも生きられない。
仕事だけでも、遊びだけでも満足できない。
だから、十字路に立つ。
人生は、春夏秋冬のように移り変わり、
東西南北のように、いくつもの方向性を持っています。
対立するものと憧れるものは表裏一体だったりする。
その張りつめたテンションが、人を前に動かしていく。
元気な人と一緒にいると、少しおとなしくなる。
内気な人と一緒にいると、不思議と積極性が出てくる。
自分自身に決まった性格があるのではなく、
場(環境)や相手との関係のなかで、つねに揺れ動いている。
時には、全く気づかなかった一面に出会うこともあります。
若いころの私は、
その揺れをうまく扱うことができませんでした。
白か黒か。
こうあるべきだ。
そんな理想に縛られて、
葛藤するたびに消耗していたのだと思います。
でも、葛藤とは本来、
バランスをとろうとする働きです。
ぶつかって、戸惑って、
少しずつ感覚が身についていく。
どちらも100%はありえない。
その感覚が育っていくと、
まるでF1ドライバーのように、
状況に応じて巧みにハンドルを切れるようになる。
戸惑うことはあっても、
それでも少しずつ、確かになっていく。
それはあきらめではなく、成熟なのだと思います。
そして、あるとき、ふっと軽くなる瞬間が訪れる。
葛藤が消えるのではなく、
葛藤と一緒にいられるようになる。
ドライバーが車と一体になる感覚。
人馬一体の感覚。
その感覚は、確かにあるものです。
今、葛藤の中にいる方へ。
人はもともと、
相反するものが交差する場所に立っています。
その十字の中で、時間と場所を味方につけながら
迷い、選び、少しずつ自分なりの軸を見つけていく。
そうやって、ハンドルの切り方が見えてくる。
そんな時間なのだと思います。
