人間が問い続けてきた質問

私の趣味の一つに読書があります。
読書は雑食で、そのときに興味のある分野をあれこれと読むタイプ。

現在は、立命館アジア太平洋大学学長 出口治明さんの『哲学と宗教 全史』を少しずつ味わいながら読んでいます。

前から興味があったのですが、465ページのボリュームで、なんとなく手を出せないでいました。

ですが、これがわかりやすい!

もちろん、自分の知識不足を痛感することはしばしばなのですが、そんな初心者にも知的好奇心を絶やさないよう工夫されています。全体像を噛み砕いて、誰でも理解できる平易な言葉にできる人を、私は心から尊敬してしまうのです。

 

なぜ、哲学と宗教があるのか。
それは、ずっと人間が抱いてきた2つの問いかけがあるからだと書かれていました。

 

2つの問いかけとは、①世界とは何か ②人生とは何か。

これこれ、これなのよ〜! ドンピシャ!

この2つの疑問を探求するために、

宗教も、

哲学も、

そして、自然科学も発展してきたというのです。

宗教と哲学は主に人間をテーマに、自然科学は、現象(物)をテーマに、①②を探求してきた学問であり、違うことをやっているようで、本当は同じものを探求しているのです。

私は昔、父に「哲学じゃ、飯は食えん!」と言われ、キッキッ〜 😡 となったのですが、あれは、何もできないのに頭でっかちになるなというありがたい教え。

理想論を言うより、まず、人間として成長することが先なのだと今ならわかります。
(親は正しい!)

 

それにしても、現代人は、宗教は信じようとしないけれど、科学と言われると盲信します。

これ、面白いですよね。科学教とも言いたくなります。でも、科学も世界のすべてを解明できているわけではありません。

脳科学でも、人間が意識できるのは数パーセントであり、ほとんどを無意識がコントロールしているといいます。脳という物質をいくら調べても、①②に答えられないのです。

 

私は、今頃になって、リベラル・アーツ(一般教養)の価値を実感しているのですが、それは、新しい何かを生み出すための素晴らしい素材になってくれるからです。心を開いて、いろいろな知識と接していきたいですね。

 

「盲信するのではなく、思考を重ねられる人」

そして、

「全体像を平易な言葉にできる人」こそ、私のあこがれ。

 

もし、あなたが哲学や宗教、自然科学に興味があるなら、現象学、ゾクゾクしますよ!