精神世界にはまった私が、今だから言えること

20代から30代にかけて、私は精神世界にはまった。

精神世界は、アメリカのニューエージムーブメントとほぼ同じ意味で使われることが多いが、自己探求を通して霊性を高めようとする幅広い分野を包括する言葉だ。

宗教、哲学、思想、心理学、超心理学、セラピー、神秘主義、ヨガ、占い、神智学、カバラ、霊、平和、環境、食、健康、治癒、宇宙、美など、網羅する分野は広い。

今でこそ、現代風スピリチュアリティは一つの分野として確立している。

霊視はチャネリング、玄米菜食はマクロビオティック、癒しはヒーリング。ニューエージ的に表現すると怪しい雰囲気がちょっとおしゃれに感じられるから不思議だ。

あの頃、私は、ウィルスにおかされたように人生に迷っていた。自分がいったい何を求めているのかさっぱりわからない。何を求めているかわからないのに、強烈に何かを求めていた。だから、不満と焦燥感だけが募っていた。

時はバブル全盛から泡に帰すころ。

私は、一部上場企業でOLをやっていた。りっぱなビルがあちらこちらに建ち、クリスマスやイベントでは若いカップルが一流ホテルで過ごすような時代。男性からの高価なプレゼントは当たり前。誰もが浮かれ、すべてがしゃぼん玉のように華やいでいた。

だけど、私の内情はお粗末で、華やかな生活にはほど遠く、コピー取りとお茶出しなど補助的な仕事をコツコツこなす毎日だった。バブルで浮かれている人たちを横目で見ながら、自分にはきっと他になにかあるはずと思っていた。平凡な毎日の中で、特別な自分を夢見ていた。

私が入社したとき、その会社は初めて女性総合職を採用した。女性を総合職と一般職に分けたのだ。男女雇用機会均等法に基づいて、女性を積極的に活用する会社とアピールしたい。でも実際は、女性をどのように活用すればいいのか、会社もわからなかったのだと思う。

だから、総合職として鳴り物入りで入社した国立大卒の才媛が、一年もたたないうちに結婚退社してしまったときには、私たち一般職も唖然とした。さらに追い打ちをかけるように、翌年、一人だけ採用した総合職の女性が、セクハラを訴えて数か月でやめてしまった。採用、研修と莫大な時間とお金をかけた結果がこれで、バブルの泡のように、女性活用の気運もしぼんでしまった。

だからというわけではないが、一般職の女性は、たいてい仕事が終わると、合コンや習い事に精を出し、早く優秀な男をつかまえて、この退屈な日々から一抜けしようとしていた。もちろん、キャリアアップや転職を目指して、会社が終わってから英語や資格の学校へ通った人もいたはずだ。

私は、正直、そのどちらにも乗り遅れていた。それどころか、「人生とはなにか」などという、答えの出ない問いをグルグルと考えていた。

つまり、あからさまに男性をゲットしようとする活力ある女性にもなれず、かといってキャリア組にも乗り切れない。留学や放浪の旅に出られるほどの勇気も行動力もない。どこまでも中途半端な自分にイライラしていたのだった。

あの頃は、本当に生きにくかった。

そんな私は、会社が終わると、一人本屋をさまよったものだ。今のようにインターネットもスマホもなかったから、本屋は、新しいインスピレーションをくれる情報の集積地だった。

 

話を元に戻そう。

精神世界との出会いも本屋だった。ある日、仕事の用事で外出した先で、ちょっと雰囲気のある本屋を見つけた。人もまばらな店内に入ってみると、奥の一角が光って見えた。そこにひっそりと「精神世界」というコーナーがあった。

「精神世界?」
実はその時まで、私はその言葉を認識したことがなかった。その一角には、謎めいた、怪しい雰囲気がただよっていた。宗教関係か何かだろうか?

周りに人がいないのを確認し、私は目を凝らして眺め始めた。

そこには、これまで全く目にしたことのない言葉が躍っていた。意味がわからない言葉もたくさんある。だけど、強い磁力を感じた。

ポジティブシンキング、真理、天使、宇宙人との交信、神、前世、過去世、悟り、カルマ、チャネリング、セラピー、ヒーリング、占い、インナーチャイルド療法、プレアデス、マクロビオティック、アダルトチルドレン、死後の世界、引き寄せの法則、チャクラ、世界の秘密、原始仏教、瞑想、波動、心理学、シュタイナー教育…。

怪しい響きにドキドキしながら最初に手に取ったのは、シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・アリム」だった。一番手に取りやすいところに平積みされていて、「ベストセラー!」とポップが立っていたからだ。光って見えたのはこのポップだった。

著者は、有名なアメリカの女優だった。

当時のアメリカでも、スピリチュアルな内容を表立って発信するのは偏見を持たれたろう。そんな中、自身の神秘体験やプライベートの遍歴を小説仕立てに書いた本だった。彼女が、怪しみながらも、生まれ変わりを信じていく様子が赤裸々に描かれていた。物語としても面白く、当時、アメリカでベストセラーだったらしい。物質的に豊かであることが正解の時代。目に見えるものだけを信じる時代。そんな時代に一石を投じたのだった。この本を通して、スピリチュアリティに目覚めた人がたくさんいたらしい。今では精神世界の古典だ。

私自身、この本を皮切りに、砂漠の中で偶然オアシスを見つけた人のように、精神世界系の本を読みあさり始めた。

「思考は現実化する」という言葉もこのころ初めて知った。自己啓発はたいていこの言葉からスタートする。

死後の世界を精神の発達段階に分けて解説した本や、前世療法の本、原始仏教の本、心理学の本など、これまで何百冊の本を読んできただろう。砂漠に水が浸透するように、心が欲していた。

『ヒマラヤ聖者の生活探究』、『怠け者の悟り方』、『アルケミスト』。1冊読むと、それに関連して新しい本の扉が開かれる。そんな感じだった。それらの本のどれもが、物質主義の終焉と、精神の時代の始まりを予感させた。そして、目覚めた人たちが臨界点に達したとき、地球は一気に次元上昇すると書かれた本もあった。

バブル世界のアンチテーゼとしての精神世界。その登場は必然だった。

私は、男でもキャリアでもなく、自分自身を探求する旅に出た。それは、同時に悟りを求めるということでもあった。私にとっての悟りとは、こんなつまらない世界からの脱出を意味していたのだと思う。ますます自分は変わり者と思うようになった。

やがて、本だけで接していた世界が現実化していく。海外から講師(マスター)がやってきて、セミナーやチャネリング、ヒーリングをしているという情報が入ってくるようになったのだ。そして実際、瞑想へ行ったり、傷ついた心を癒すセラピーを受けたり、前世療法を受けたり、私はセミナーに通うようになった。そんな話ができる友人も少しずつできた。

あの頃、精神世界をウロウロしていた人たちは、大なり小なり、親(社会)を否定していたと思う。だから、自由を求めてプールの壁を強く蹴ってターンしようとしたのだ。私も、理想郷を求めていた。まったくもって、現実逃避だ。

それにしても、日本人のチャネラーは胡散臭いと思うくせに、外国人だと賢者のように思えるのだから面白い。

チャネラーに共通する本質は、場の支配力だった。ある人は感動させて、ある人は脅して、ある人はやさしく癒しながら、人をコントロールする達人ばかりだった。

これは悪口ではない。人前でスピーチする人、社長も、弁護士も、営業マンも、先生も、カウンセラーも、詐欺師だって、人を言葉で鼓舞し、説得したい人共通のパワーだからだ。チャネラーは根拠なく、それがとても強い。問題があるとしたら、意図が何かということだ。

いずれにせよ、知らないうちに心がとらわれ、依存が助長されていく。

同時に、根拠のない特別意識も肥大していく。なにせ、チャネラーのプロフィールには、「小さいころから、見えないものが見えた」、「幼少時、神秘体験をした」「愛を教えるため金星から来た」などと書いてある。そして、それが根拠になる世界なのだ。

逆に、あのころの私のように「自分を変わり者だと思う」というのも消極的な形の特別意識だ。メジャーな流れからわざと距離を置くことで、力を出さず特別感を満たすことができる。迫害される心理とはこのようなものなのだろう。

精神世界は間違っているとか、正しいとか、そんなことを言っているのではない。
幅広い分野を、一緒くたにできるものでもない。どんな世界も玉石混交だ。

ただ、外側にパワーを与えてしまう依存心と根拠のない特別感と美化には注意が必要。それらは最初心地いいが、やがて人生を破壊していく種となる。バブルと同じように、極端さは必ずバランスを崩す。やがて、自分たちは犠牲者だとか、選ばれた人間だと言いだすかもしれない。

 

精神世界にはまった私が、今だから言えること。

それは、精神世界3姉妹(美化、根拠のない特別感、依存心)がじわじわ浸食してこないかチェックしてほしいということ。

実は、魅惑的な彼女たち(3姉妹)は、どこにでもいる。
でも、心を扱う分野では、特に潜んでいることが多い。

だから、騙されないように!
一元の視点で二元の世界を見ることが、3姉妹の魔力から脱出する唯一の方法なのだ。